愛をとりもどせ!!とかいう名曲オープニング【北斗の拳】

クリスタルキングの名曲。
サビの部分の動画が難民→リン→バットの順番なのが最高に泣けると思ってた。
難しくてカラオケで歌えないけど。


2026年6月。

今日は、北斗の拳ネタです。


(;´Д`) 「愛をとりもどせ!!」が、カッコ良すぎたという思い出話。


今、北斗の拳の40周年記念でアニメがリメイクされてるじゃん。

オープニングが別の歌で拍子抜けしたんだが、

「愛をとりもどせ」はエンディングに使われてるのな。


いや、新アニメのオープニングの歌もカッコイイし、

エンディングに「愛をとりもどせ!!」を使ってくれたのは、粋な計らいだったと思う。


だが、2026年新アニメ「愛をとりもどせ!!」では、何かが足りないと思えた。

そのモヤモヤの正体は、なんだっただろうか。



私はリアルタイム世代ではないんだが、

初めて旧アニメの北斗の拳のオープニングを見た時、激しく感情を揺さぶられたのを覚えている。


最後に、サビの部分になって

「俺との愛を守るため、お前は旅立ち、明日を見失った・・」

「微笑み忘れた顔など、見たくはないさ・・愛をとりもどせ!!」


これで〆になるじゃん?


そのサビの間の映像が、主人公のケンシロウでもなく、出番のないユリアでもなく。

最初の強敵(とも)シンでも、レイでも、トキでも、ラオウでもない。


・荒野を行くモブ難民たち

・涙を流しているリン

・子供を背負って前を見据えて歩き続けるバット


このチョイスがガチで最高過ぎると思ってた。



もう、この難民、リン、バットを順番に流すことで、

「主人公が何の為に闘っているか」

ってのがイメージできるんだよね。



レイが仲間になって、ジャギ、トキ、ラオウあたりが出てきたら、強大な悪と化した兄貴がラスボス、それを倒すのが救世主である主人公ケンシロウみたいなイメージになっていったと思うんだが。


基本的には、ケンシロウって人知れず弱い人たちの為に闘うイメージがあったんだよなあ。


ゴッドランド編で親を殺された子供を見て

「これ以上、こんな境遇の子供を作りたくない・・!!」


ジャッカル編でトヨから

「あの人(ケンシロウ)を待っている人がたくさんいるんじゃ。引き留めてはいけないよ」


北斗神拳や南斗聖拳の拳士との闘いより、

地道な救済の方が何故かケンシロウには似合ってた気がする。



(;´・ω・ `) 原作最後のコマも、そんな感じだったしね・・。


行く宛てを無くして苦しんでいる人々のために闘う。

子供たちの涙を流させないために闘う。

愛をとりもどすために頑張っている誰かの為に闘う。


ケンシロウって、そういうイメージがあった。


それを鑑みて、サビの部分の映像を見てみると・・。


・荒野を行くモブ難民たち
(彼らも、誰かとの愛を守るために生き抜こうとして旅立った。だが、明日を見失ってる)

・涙を流しているリン
(この少女の涙は見たくないに決まってるだろ)

・子供を背負って前を見据えて歩き続けるバット
(この少年はガチで愛を取り戻しそうな予感しかしない)



作品内で主人公が守ろうとしてるものと、

オープニングの歌詞と、映像に出てくるキャラが完全に一致してるのよな。


難民→リン→バットの流れに、

シン、レイ、トキ、ラオウの登場が完全に喰われてたり、

最後にケンシロウが巨大モンスターに飛び掛かるというギャグ要素もあるものの・・。


やっぱサビの部分で難民→リン→バットの流れは至高だと思うわ、カッコ良すぎやろ。



(;´Д`) だから、リメイク版でもその映像を作ってほしかった・・ってのが本音だな~。