ニトロニクス!!二十世紀の外国産馬の伝説!!(みどりのマキバオー)

しれっと1996年のジャパンカップを勝っているマル外!ニトロニクスについて語ろう!!

1996年。外国産馬は牡馬クラシックに出られなかった・・。
当時の世相をニトロと一緒に振り返ろう!!

引用:つの丸『みどりのマキバオー 7巻 94ページ』
また、みどりのマキバオーに登場した馬を語ってしまうま。


今回はニトロニクス!!



とてつもなく気性が荒いが、性格は好感の持てるナイスガイであります。

競馬においては、重馬場が得意な馬として登場しました。



現在でいう「函館2歳ステークス」でマキバオーと初対決。


牡馬では初めてのライバルになった馬でもある。




いやー、いま『みどりのマキバオー』を読むとね・・。

このニトロニクスがいちばん時代を感じさせる馬であることは間違いない。



なにせ、時代背景的に、外国産馬がダービーに出られなかった頃の話なのだ。

そう、マキバオーたちは1996年クラシック世代だから。




二十世紀の時代、外国産馬・・通称マル外は、牡馬クラシックに出ることができなかった。

2001年~2002年にかけて、皐月賞、日本ダービー、菊花賞が外国産馬に開放されるまで・・。

外国産馬は、三冠にはまったく縁がない時代だったのである。



このニトロニクスは、そんな時代背景を巧みに設定に取り入れていた。

重賞で二回続けてミドリマキバオーに敗れたニトロニクス。

本人は朝日杯で再戦したかったのだが、馬主の意向で別なレースへ。


外国産馬のためクラシックに縁がなく、裏街道を突き進むニトロ。

実力は確かなので、きさらぎ賞、アーリントンカップ、ニュージーランドトロフィーと重賞三連勝を決めた!




登場時に勝っていた札幌2歳ステークスを合わせると、NHKマイルの前の時点で・・。


なんと重賞4勝である!!




それでも、皐月賞にもダービーにも菊花賞にも出られませーん。


(;´・ω・) かわいそう・・。




そこで、2歳の頃から「ここ一本」と定めていたNHKマイルカップでカスケードと初対決!



当時のニトロは、マキバオーたちには気さくな雰囲気だったが、意外といじけていたらしい。

有馬記念でのニトロの話が以下である。




「もし、世代最強として君臨するカスケードがNHKマイルに出てくれなかったら・・あいつが阻んでくれなければ」


「オレだって、クラシックに出れさえすれば・・。そう思って腐っていっただろう」




と回想するような状態だったとか。





ようするに・・。


「実力はあるのに、そもそもチャンスが与えられない悲哀」


コレをうまく描写されたキャラだった!





そして、そのニトロニクスに機会を与えようとするカスケード。

ニトロ自身は、それを「カスケードの王者としての矜持」と考えたようだが・・。

実際には、カスケードがマル外にこだわる理由はあった。



漫画の中でも一切描写されてないけど、カスケードがNHKマイルに来た理由・・。

それはマル外にチャンスを与えに来た、というニトロの想像だけではない。



その根底にあるのは何かって話。



そう、劇中では何も言われてないけど・・。


それはカスケードの亡き母、ヒロポンへの想いだろう。

ニトロニクスとカスケードの母・ヒロポンには、実は共通点があった。それがニトロニクスを成長させた・・?

実は、カスケードの母親・ヒロポンもマル外でした。

(モデルはやはり外国産馬のヒシアマゾンらしいです)



このヒロポンも、桜花賞とオークスに出ることができなかった。

エリザベス女王杯でやっとマキバオーの母、ミドリコを倒してGI勝利。


だが、牝馬クラシックには無縁だったのだ。




カスケードの馬主・本多社長によると・・。


「カスケードは三冠を獲って、命と引き換えに自分を産んだヒロポンの無念を晴らそうとしている」



いわば、カスケードのお母さんもニトロニクスのような思いをしていたのだ。



それならば、カスケードが「NHKマイルでマル外にチャンスを与えたい」と思った動機は、基本的にそこなのでは?


カスケードの王者としての使命感は、母親への思いから生まれていたのだ!!



・・

ニトロニクスは惜しくもNHKマイルでカスケードに敗れてしまったが2着。

その後は宝塚記念でも2着に入り、秋にはついにジャパンカップを制した。



クラシックには縁がなくても、堂々と古馬混合GI勝ち馬、という称号を得たのだ!!




次に向かうは、年末の大一番・有馬記念!!


かつて二連敗を喫したダービー馬・ミドリマキバオー。

未対決の菊花賞馬アマゴワクチン。

宝塚で屈した最強古馬、トゥーカッター。

そして・・NHKマイルで敗れた、皐月とダービーの二冠馬・カスケード。



ニトロニクスは、これらの現役最強馬たちと胸を張って闘うことになる!

その時の彼には、もう「マル外だから」といじけた考えは無かった。

かつて敗れたカスケードに対する尊敬の念さえあった!



NHKマイルで敗れた後、ニトロニクスも大きく成長していたのだ!!



残念ながら、その有馬記念はマキバオーの4着に終わった。



だが、その後のドバイ編でも大活躍!!


アマゴワクチンやトゥーカッター、それに主人公のマキバオーが故障していく中・・。


無事なまま日本に帰国することができた!



ニトロの戦績は安定してるとよく言われるし、馬主孝行な馬なのは間違いない!!



続編の太陽のマキバオーでは、1996年世代について語られることがある。


「ミドリマキバオー、カスケード、アマゴワクチンの三強に、サトミアマゾンを入れて四強とする声もあった」


って解説もあった。



しかし、それはあくまでもクラシックの話。



われらのニトロニクスは、宝塚でトゥーカッターの2着、ジャパンカップでカスケードに勝ったカントナ(骨折してたが)を下して優勝。


これなら、全体的には五強世代と言ってもよかったのではないだろうか、と思う。




実際、1996年の有馬記念(マキバオーが勝った時)に馬券を買うとしたら・・。


海外帰りのカスケード、中距離GIで実績が無いワクチン、それにダービー後から精彩を欠いているマキバオー。


この辺りより、クラシックディスタンス、しかも古馬混合のGI戦線で安定感のあるニトロを軸にする人も多いのではないだろうか。



「ニトロニクスは宝塚で2着。秋にはジャパンカップを勝っている」

「GIでも古馬相手で劣らない」

「ひょっとして、秋になった今、3歳で一番強いのはコイツなのでは・・?」



って。



自分なら、たぶんトゥーカッターとアマゴワクチンの馬連買って外すけどww


最後の直線でマキバオーに対して・・。

「うわあああ!!どけえええええ!!」

ってwww

2010年に外国産馬エイシンフラッシュが日本ダービーを勝ちましたね。ニトロニクスは何を思ったでしょうか。

ニトロニクスがダービーに出れなかった1996年から5年後。


2001年に、日本ダービーが外国産馬に開放されました。




その初めてのダービー。

「マル外開放、残念!ジャングルポケットだああーーっ!!」

クロフネがジャングルポケットに破れたあのレースですね。




ジャングルポケットは、史上最高にカッコいいダービー馬だったかもしれません。

勝った後、ウイニングランで観客席の前に来て、天に向かって吠えたのです。

二十一世紀の幕開けの年に相応しい、すばらしいダービー馬だったのではないでしょうか。




ともかく、マル外に開放されたとはいえ・・。

外国産馬がダービーを勝てない時代が続いていきます。



それから10年近くの時が経ち、ついにマル外のダービー馬が誕生!!



その名は「エイシンフラッシュ」!!!

三冠馬オルフェーヴルの前の年・2010年のダービー馬です。



この馬にも、色々な逸話がありますな。


ミルコ・デムーロ騎手を乗せて勝った秋の天皇賞。

その時は天覧競馬で、デムーロ騎手の天皇陛下への敬礼がカッコ良すぎました。


当然、横にいたエイシンフラッシュもね!



他にも、ドバイ遠征時にあまりにも馬体がピカピカだった。

それを見た現地の富豪たちが「いったい何者なんだ、あの馬は!?」

って、どよめいたとかなんとか?



しかし、馬体の仕上がりと好走が直結しないことが多くて・・。

インターネット上では「馬体詐欺師」などとヒドい呼ばれ方をしていたこともありました。

(私はオルフェーヴルが勝った時の宝塚記念で、エイシンフラッシュを買って死んだww)



話が逸れましたが・・。

初のマル外として日本ダービーを勝ったエイシンフラッシュ。



この件について、一番意見を聞きたいなー、と思ったのは、ニトロニクスでしたね。




「ついに外国産馬がダービーを勝ちましたね!」

「ニトロさんのご感想は!?」

って。



現実世界の2010年にニトロニクスがいれば17歳。

現役時代の気性は荒くても、さすがに割と落ち着いているでしょう。

気さくに話をしてくれると思います!

さて、どんなコメントが飛び出すのか・・?



それはわかりませんが・・。

私たちとニトロニクスには、共通の思いがあるはずです。



「二十世紀か・・何もかも、みな懐かしい」

ってね。

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